TOYO KITCHEN STYLE
TOYO KITCHEN STYLE BLOG MAGAZINE    | nabe forum | petit cuisine | SICIS Live | 東京通信 | STUDIO NEWS | @LIFE |
Vico Magistretti
2006年 12月 8日

マジストレッティとイタリアデザイン

108-1.jpg
1920年ミラノ生まれのヴィコ・マジストレッティは'45年にミラノ工科大学建築学科を卒業しました。父親の建築事務所でその活動を開始して、カッシーナ、デ・パドヴァ、アルテミデ、オー・ルーチェ、カルテル、カンペッジなど様々なメーカーのためにデザインを提供し、現在まで常に第一線で活躍してきた建築家です。'48年の第8回トリエンナーレでグランプリを受賞以来、第9回トリエンナーレのゴールドメダル('51)、コンパッソ・ドーロ賞('67,'79,'95)、S.I.A.D(Society of Industrial Artists and Designers/ロンドン)のゴールドメダル('86)等々たくさんのデザインプレミオを受賞しています。今年9月19日に他界するまでの60年におよぶキャリアは、戦後のモダンデザインの流れから生まれたいわゆるイタリアンデザインの歴史そのものと言えるでしょう。

マジストレッティはその勤労ぶりで良く知られ、デザイン分野で少なくとも800、建築分野で約400もの仕事をしております。2年ほど前から体調を崩してあまり仕事をできなくなっていたのですが、それでも4月のサローネでは毎年いくつも新作が発表され、その存在をいつも感じられました。今年のサローネではデ・パドヴァ社よりベルトでクッションを固定するソファ「ベルト」が発表されました。

108-2.jpg

マジストレッティは生前のインタヴューの中で、イタリアンデザインが生まれそして育ってゆくその背景にあった要因の幾つかを語っています。

第一に、前回もふれた建築家同士の関係があります。
当時のミラノにはマジストレッティのような戦後大学を卒業したばかりの若い建築家と、戦前より活動しているベテランの建築家との間に誠意のある公平な関係があり、一種の共同体のような雰囲気を形成していました。異世代同業者との交流は仕事上の情報交換の場として、また多くの事を学ぶ学校のような場として機能していたのです。マジストレッティはその頃、ミラノのヴェラスカ・タワーの設計などで有名な建築家集団B.B.P.R.のエルネスト・ナーサン・ロジャースから強く影響を受けました。同じ世代の建築家アンジェロ・マンジャロッティがグロピウスやコルビュジェとの親交から影響を受け、柳宗理がシャルロ・ペリアンから学んだように、直接的な人間関係は知識や文化的思想において大きな影響力があったのです。

第二に挙げられるのは、デザイナーと企業との関係です。
イタリアではメーカーとデザイナーが分離して存在しており、双方が同等な立場で一つのプロジェクトを進める環境がありました。デザイナーと企業主がお互いの能力を全て出し合い、本当の意味でのコラボレーションが行われていたのです。デザインは企業の技術・能力・要求を充分に話し合った後にのみ存在できるもので、プロジェクトの原点や根源について充分討論できる密接な人間関係があったのです。現在多くの企業に見られるような、実行プランのたった完成形に近いデザインを採用して、すぐに生産を考えるなどということは起こりませんでした。

第三の要因は、ここにインダストリーがあったことです。
例えばイギリスには沢山の大きなデザイン学校がありしかも細分化されています。しかしその地にイタリアンデザインのようなムーヴメントが生まれていないのは、製造業とのコラボレーションが殆ど存在しないからなのです。クオリティの高い魅力的な製品は、単に優秀なデザイナーによる机上での作業で生まれる訳ではなく、工業との深い関わりの間にカタチを現してくるものなのです。現在は真の生産の現場が中国などに移ってしまい、経営者と製造者とデザイナーが別々に位置づけられつつあるようですが、かつてはこれらが非常に強く結びついてその成果として良質のデザインが完成されていました。

以上の主な3つのコンディションの中、沢山の中小企業によって構成されていたイタリアのメーカーがデザイナーと共同で、豊かな生活道具を求める消費者のために製造してきた製品は、やがてイタリアンデザインと称され世界中の評価を受けるに至りました。しかしながら現在は急速にこの状況が変化しつつあります。コマーシャリズムによる製品計画が当たり前のようになり、デザインもその一部に取り込まれているように感じられます。
イタリアンデザインは'60年代から始まり40年経った現在もなお続く文化現象であり、前世紀においてこのように長く続いたものはないとマジストレッティは誇り高く言いました。今までに紹介したマリやカステッリ夫妻、マンジャロッティなどその時代を創ったデザイナーたちは、イタリアンデザインを語るときいつも「文化」という言葉を多く用います。文化としての創造活動をあえて強調して推進しなければならない状況が、今ここにあるからではないでしょうか。

日本では一般的に「大企業=良いもの」という慣習があります。一方、大企業側では利益確保重視、安全重視型のビジネスモデルが構築されています。全く新しいことを提案するのではなく、どこかの成功例をうまく活用することに繋がります。その結果横並びの商品を個性的に見せるプロモーションが発達したとも言われています。私たちトーヨーキッチンは、ちょっと大袈裟ですが文化の創造を提案しています。そして文化とは目先の利益を超えた視点があってこそ生まれると考えています。それを実現する原動力は、新しい豊かさを提供することへの使命感です。今年、私たちはPORTO、PUTTON、ISOLA-type2、L-BAY、GRAND BAY ino。多くの新商品を発売してきました。それぞれの夢、ライフスタイルを予感させることを第一に考え開発しています。トーヨーキッチンはこれからも常に新しい試みを続けていきます、よろしくお願いいたします。

投稿者 tks : 2006年12月08日 19:02

トラックバック

このエントリーのトラックバックURL:

コメント

コメントしてください




保存しますか?

(書式を変更するような一部のHTMLタグを使うことができます)